日本で売るのか、売らないのか。いろいろと憶測の飛び交ったマイクロソフトのタブレット「Surface」がようやく発売された。昨年10月に米国や中国などで発売したにもかかわらず、日本では見送られたため、製品そのものよりもマイクロソフトの思惑に関心が集まった。なぜ売らないのか。数カ月遅れとはいえ、とりあえず国内での発売にこぎ着けたのだから、「重要なパートナーである国内PCメーカーに配慮した」という定説に従っておきたい。

 実は、外資系IT企業が日本で売らない製品はほかにもたくさんある。特に企業向けのアプリケーションソフトはその傾向が顕著だ。マイクロソフトを例にとっても、いくつかのERP(統合基幹業務システム)パッケージをはじめ、日本未発売のソフトは結構ある。他社も同様で、その数は着実に増えている。米国のITベンチャーの中には、はなから日本に進出する気のない企業も多い。大手IT企業がITベンチャーを買収しても、その製品を日本のユーザー企業に紹介しようとしないケースも多々ある。

 その理由は、外資系IT企業から見て日本市場の価値が大きく下がったからだ。ある日本法人の社長は、「日本における事業の将来性について、本社は恐ろしいほど悲観的だ。成長が全く期待できない市場を相手にするぐらいなら、その分を成長著しい中国に振り向けたほうがよいと考えている」と打ち明ける。日本の国力が衰えていくことの悲哀が、こんなところにも見え隠れする。一見すると、そんな話だ。

 だが少し待て。GDP(国内総生産)で中国に抜かれたとはいえ、日本は依然として経済大国だし、IT企業にとってもこれまで同様、巨大な市場であることに変わりはない。急成長する中国市場やインド市場に比べれば魅力に乏しいが、本来なら無視してよい市場ではない。

 では、なぜ日本で製品を売ろうとしないのか。外資系IT企業の本音を代弁すれば、もうワガママに付き合いきれない、といったところだろう。企業向けのパッケージソフト、特にアプリケーションソフトを投入するのには、多大なコストと手間がかかる。日本語化しなければならないし、代理店向けのパートナープログラムも作らなければならない。そのうえ、ユーザー企業の事細かなニーズに応えないと売れない。しかも、そのニーズの多くが、煎じ詰めれば「当社のやり方に対応しろ」といった類のものだ。

 日本市場の成長が期待できた以前なら「世界一厳しい顧客の要求」に対応する価値はあったが、そうでない今は単なるワガママにしか映らない。そんなわけで、日本で売るのは定番のアプリケーションソフトと汎用的なミドルウエアのみでよいという話になる。ただ、汎用的なミドルウエアですら日本では売れない。ある大手外資系IT企業では「なぜ日本市場だけが極端に販売不振なのか」と毎年のように問題視していた。そして最近、その問題に結論が出た。「日本は極めて特殊な市場」、それが結論である。

 日本のユーザー企業はそろそろ、「IT企業は我々に売り込みたいはず」という“思い上がり”を止めたほうがよい。コストと手間が見合わないのなら日本企業は顧客ではない。このままでは最先端のソフトが日本で紹介されず、利便性や革新性を享受できない恐れも高まる。細かなことにこだわらず、使えるものは使うことで、外資系IT企業が日本で“商売しやすく”してあげる。それがひいては日本のユーザー企業の競争力強化にもつながる。